Paolo Piva

アドリア 1950 – 2017年。1968年、ヴェネツィア大学建築学部で学び始め、視覚分野の研究に従事。個展やグループ展に参加。1970年には、ウィーン市を代表して「WIG 74」コンペのプロジェクトに協力し、モデナ市のレジスタンス記念碑のコンペにも参加した。ヴェネチアの国際芸術大学に入学。1970年、工業デザインに携わる。レッツホーフ・グラーツ(オーストリア)の国際マラーヴォッヘンに招待される。1973年、ヴェネチアの建築学部でスカルパ教授に師事し、タフーリ教授の指導の下、1918年から1934年までのウィーンに関する論文を発表して卒業。1975年、社会主義時代のウィーンに関する大規模な展覧会を開催するため、ヴェネツィアの歴史建築研究所およびウィーンの美術アカデミーと協力。この研究は、1980年にローマ市から依頼された「赤いウィーン」展につながった。タフリとともに展覧会のカタログブックの編集とレイアウトのコーディネートを担当。1980年、カタールのクウェート大使館とイタリア国内のいくつかの建築をクウェートに代わって設計。1981年には、いくつかの衣料品店チェーンの店舗デザインを手がけた。1983年、ロサンゼルスのP.D.C.で開催された一連の会議に招かれ、トリノの「リンゴット・フィアット」の改築のアイデアコンペに参加。1985年、パリの「C.ジュルダン」本社の改築を設計。1986年、ヴェネツィアの「パラッツォ・レメール」の改築を設計。1987年、第13回コンパッソ・ドーロ賞にノミネートされる。1988年よりウィーン美術アカデミーの助教授、1991年より同校の正教授。

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